その数字、単位まで見ていますか?技術者の武器になる「単位とオーダー感」
「授業は1時間」「身長は170cm」「体重は200kg」
……最後の一つに「え?」と引っかかった方、正常です。日常生活の数字に対して、私たちは無意識に「長い・短い」「重い・軽い」という感覚を持っています。
ところが仕事の数字になると、この感覚が途端に働かなくなる人がいます。あるいは、慣れ親しんでいない技術分野では、そもそも感覚自体が存在しない。
私は自動車業界で制御設計をしていますが、断言します。単位とオーダー感の確認は、技術者の重要業務の一つです。 今回は、なぜそう言い切れるのかを、実際の事故事例も交えて解説します。
日常では働く「オーダー感」が、仕事では消えてしまう
冒頭の「体重200kg」に違和感を覚えられたのは、あなたの中に「人間の体重は数十kgのオーダー」という基準があるからです。数字そのものではなく、単位とセットになった量の感覚が働いた結果です。本記事ではこれを「オーダー感」と呼びます。
ではこちらはどうでしょうか。
「このEV、走行用のモータを1Vで動かしてます」
……「そんな電圧で車が走るわけがない!」と即座に思えたでしょうか?
身の回りの電圧を思い出してみてください。テレビのリモコンに入っている乾電池が1.5V、スマホの充電が5V、家庭のコンセントが100V。そしてEVの走行用バッテリーは、数百Vのオーダーの世界です。つまり冒頭の発言は、リモコンの乾電池にも満たないエネルギー源で、1トンを超える車体を走らせると言っているに等しいのです。
それでも「へー」と相槌を打ってしまうなら、それは「体重200kgなんだよねー」に「へー」と返しているのと同じ状況です。日常なら誰でも気づく異常に、仕事では気づけない。これが、オーダー感の欠如です。
単位を見ない会話は、そもそも成立しない
オーダー感がないと、実務では大きく2つの問題が起きます。
1つ目は、会話が成立しなくなること。
技術者同士の議論は、数字のやり取りの連続です。「ゲインをいくつにするか」「応答を何ms以内に収めるか」「電流を何Aまで許容するか」。このとき相手の出した数字の妥当性をその場で吟味できなければ、議論に参加しているようで、実は何も判断していません。異常な数字が目の前を素通りしていきます。
2つ目は、シミュレーションの間違いに気づけないこと。
シミュレーションは、間違った入力に対しても平然と「もっともらしい波形」を出力します。単位の取り違え(例えば[rad/s]と[rpm]、[N]と[kgf])があっても、ツールはエラーを出してくれません。最後の砦は、出てきた数字を見て「このオーダーはおかしい」と気づける人間の感覚だけです。
[rad/s]と[rpm]間には約9.55倍、[N]と[kgf]の間には約9.81倍の開きがあります。
オーダーが1桁近くずれるミスが、ごく普通の単位系の混在から簡単に生まれるのです。
単位ミスが招いた実際の事故
火星探査機マーズ・クライメイト・オービター(1999年)
NASAの火星探査機が、火星周回軌道への投入に失敗し、失われました。原因は、開発を担当した企業側のソフトウェアがスラスタの力積をヤード・ポンド法[lbf・s]で出力していたのに対し、NASA側の航法チームはSI単位系[N・s]として受け取っていたこと。両者の間には約4.45倍の差があります。この不整合により軌道計算がずれ、探査機は予定より大幅に低い高度で火星大気に突入してしまいました。
莫大な費用と年月をかけたミッションが、単位の確認漏れひとつで消えたのです。
エア・カナダ143便不時着事故(1983年)
エア・カナダの旅客機ボーイング767が、飛行中に燃料切れで両エンジン停止に陥った事故です。背景には、カナダがヤード・ポンド法からメートル法へ移行する過渡期だったことがあり、給油量の計算でポンドとキログラムの換算を誤った結果、必要量の約半分しか燃料が搭載されていませんでした。機体は動力を失ったままグライダーのように滑空し、ギムリーの旧空軍基地に不時着。奇跡的に死者は出ませんでしたが、紙一重の事態でした。
どちらの事例も、高度な専門家集団が起こした事故です。単位ミスは「うっかり者」だけの問題ではなく、確認のプロセスを省いた組織なら誰にでも起こるということを示しています。
単位とオーダー感は「初見の技術」を読み解く鍵になる
ここまでは「守り」の話でしたが、単位とオーダー感には「攻め」の使い方もあります。初めて触れる技術分野を読み解く鍵になるのです。
例えば、見たこともないモータの仕様書に「定格電圧48V、定格電流100A」と書いてあったとします。この時点で、
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と概算できれば、「およそ5kW級のアクチュエータだ」と当たりがつきます。すると芋づる式に、
– この電流を流すには相応の太さのハーネスと、それなりの容量のスイッチング素子が要る
– 損失が数%出るだけで数百Wの発熱になるから、冷却の検討が必須になる
– 電源側にもこの負荷変動を受け止める容量が要る
……といった具合に、周辺コンポーネントの姿や、設計で検討すべき項目の道のりがぼんやり見えてきます。詳細な知識がなくても、単位とオーダーだけでシステムの骨格が推定できる。これは分野をまたいで働く技術者にとって、極めて強力な武器です。
当ブログのアナロジーシリーズで「力学と電気は同じ式で扱える」という話をしてきましたが、その根っこにあるのも単位です。
電圧[V]=[J/C](電荷あたりのエネルギー)と力 [N]=[J/m](距離あたりのエネルギー)が同じ構造を持つと見抜けるのは、単位を読む習慣があってこそです。
単位で式を検算する ~次元解析のすすめ~
もう一つ、実務で今日から使えるテクニックが「単位による式の検算」、いわゆる次元解析です。
例えば、回転系のパワーの式を思い出せず、P=Tωだったか、P=T/ω だったか迷ったとします。そんなときは単位を代入してみればよいのです。
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単位がワットになったので、P=Tωが正しいと確認できます([rad]は無次元なので消えます)。
導出した式、他人から受け取った式、シミュレーションに組み込む式。左辺と右辺の単位が一致しているかを確認するだけで、かなりの割合の間違いを機械的に検出できます。 暗記に頼らず、その場で式の正しさを判定できるのですから、使わない手はありません。
まとめ ~単位が分かる、ということ~
単位の確認は、地味な作業です。華々しい設計スキルでもなければ、最新ツールの使いこなしでもありません。だからこそ、軽視されがちです。
でも私は、単位が分かるということは、数字の背後にある物理と、物のイメージが掴めているということだと思っています。「駆動用モータに1V」という数字に一瞬で違和感を覚えられるのは、頭の中に乾電池があり、車体があり、それらが動く様子が描けているからです。逆に言えば、単位に無頓着なまま扱っている数字は、まだ自分のものになっていない数字です。マーズ・クライメイト・オービターの事故が教えてくれるのは、それが優秀な専門家集団にすら起こる、ということでした。
学生の方は、教科書の式を覚えるとき、左辺と右辺の単位を一度眺めてみてください。式の意味が立体的に見えてくるはずです。社会人の方は、明日の打ち合わせで出てくる数字にひとつだけ、「この単位で、このオーダー。妥当か?」と問いかけてみてください。それだけで、議論への関わり方が変わってくるはずです。
数字を見たら、まず単位。