技術は自己満足の道具ではない
ものづくりにおいて一番大事なものは何か?
数学や物理の深い知識、画期的なアイデア、あるいは完璧なプロジェクトマネジメント。
どれも重要ですが、これらはすべて手段に過ぎません。
結論から言えば、最も大切なのは「使う人が嬉しいものは何か」を考え抜くこと。
つまり、徹底的なユーザー目線です。
どれほど高尚な制御理論を使い、世界初の機能を実装したとしても、それでお客さんが喜ばないのであれば、エンジニアリングとしては自己満足と言わざるを得ません。
例えば、制御エンジニアが数学的に最も効率的で美しいエンジン制御を組んだとしましょう。
しかし、それが原因でドライバーが車酔いをしたり、助手席の人が不快感を覚えたりするのであれば、その制御に価値はありません。
開発側の都合でやりたいことをユーザーに押し付けていないか。
開発者の都合を捻じ曲げないのではなく、ユーザーが喜ぶ範囲内で、開発者の都合(効率やこだわり)を含ませる。
この優先順位を履き違えてはいけません。
誰が嬉しいかを定義する
ユーザー目線とは、単に対象を特定することではありません。その製品に触れたユーザーが、触れる前と後でどう変わるかを解像度高く想像することです。
エンジン制御なら:
追うべきは燃焼効率1%の改善という数値そのものではありません。その先にあるのは、日々の通勤で「今月はガソリン代が浮いて助かった」という家計への還元や、給油回数が減ることで生まれる時間のゆとりです。
ビデオゲームなら:
美麗なグラフィックよりも、仕事終わりの15分で、嫌なことを忘れて明日への活力を得られる体験を優先します。複雑すぎるシステムがその快感を邪魔しているなら、それはエンジンのノイズと同じです。
大きな組織の中でどう動くか
現代の製造業、特に大企業では、自分の担当範囲は製品全体のほんの一部です。 しかし、どんなに細分化された業務であっても、その本質は以下の図のような循環の中にあります。
【価値の循環構造】
- ユーザーの「嬉しい」を定義する(ニーズの把握)
- 「嬉しい」を実現する機能を実装する(エンジニアの仕事)
- ユーザーが対価を払う(嬉しいの実現 = 収益)
- 次の「嬉しい」を作る原資になる(事業の継続)
どんなに細分化された業務であっても、その先にユーザーがいない仕事は、もはや仕事とは呼べないのかもしれません。
一線で活躍するエンジニアはみんな持っている
ユーザー目線を常に持ち続けるのは、正直に言って非常に疲れます。なぜなら、ユーザーの「嬉しい」を守るためには、エンジニアにとって楽なことやプライドを捨てなければならない局面が多々あるからです。
一線で活躍するエンジニアは、次のような泥臭い調整を厭いません。
- 慣例の打破: ずっとこのやり方だったからという社内の古い慣例がユーザーの不利益になるなら、真っ先にその慣例を捨てる提案をする。
- ツールの再構築: 既存のマクロが使いにくいせいで開発精度が落ちるなら、深夜までかかってでもマクロを一から組み替える。
- 他部署との調整: 自分の設計を少し変えるだけで、他部署の工程がスムーズになり、最終的な製品クオリティが上がるなら、自分のこだわりの設計を潔く修正する。
最前線で活躍し続けるエンジニア多くは、こうした自分や身内の都合を捨てる強さを持っています。逆に言えば、技術は高くてもこの視点がない人は、最終的には意思決定の場から外れ、サポーター役に回ることになります。
結び
技術の進歩は速く、時にはAIが最適な数式やコードを瞬時に弾き出す時代です。しかし、どれほどツールが進化しても、最後に「これは本当にお客さんのためになっているか?」と問いかけ、泥臭い調整に身を投じるのは、生身のエンジニアにしかできない仕事です。
もし今、あなたが目の前の仕様書や山積みのタスクに閉塞感を感じているなら、一度画面から目を離してみてユーザーの顔を思い浮かべてみるのもいいのかもしれません。