日常の物理

そのドア、伝達関数で語れますか?

ドアが一次遅れっぽい動きをしている

トイレから出るとき、ドアからパッと手を離したあの瞬間のことです。
ドアがオーバーシュートもせず、スーッと戻って「カチャン」と気持ちよく閉まりました。

そのとき、ふと思ったのです。

「この挙動、一次遅れ応答っぽいな……?」

ドアをモデル化してみる

このドアを物理モデルとして考えると、次のように表現できます。

パラメータ

  • イナーシャ J:ドアの回転体としての慣性
  • バネ    k:ドア上部のくの字アームのねじりバネ成分
  • ダンパ   c:油圧や摩擦による粘性抵抗
  • トルク入力 τ(t):手で一瞬押したときの外力トルク

運動方程式

回転系の運動方程式は以下のように書けます。

 J\ddot{\theta} + c\dot{\theta} + k\theta = \tau(t)

伝達関数

ラプラス変換すると、ドアの回転角と入力トルクの関係は:

伝達関数
 \frac{\Theta(s)}{T(s)} = \frac{1}{Js^2 + cs + k}

一次遅れっぽいと思っていたのに、式を立ててみると しっかり2次遅れ系でした。

パラメータを見積もってみる

イナーシャJ

重さはおおよそ100kg、サイズは高さ2m・幅1mの直方体と見積もると、

 J = \frac{1}{12} \times 100 \times 2^2 + 100 \times 0.5^2 = 55 \, \mathrm{kgm^2}

長方形のイナーシャ(幅は無視)と並行軸の定理で見積もりました。

バネ定数k

1kgくらいの力で押した気がするので、入力トルクは

 \tau = 1 \times 9.8 = 9.8 \mathrm{Nm}

90度(=π/2 rad)ほど開けたのでねじりバネ定数は、

 k = \frac{\tau}{\theta} = \frac{9.8}{\pi/2} \approx 6.2\,\mathrm{Nm/rad}

実際には非線形バネかもしれないけど、細かいことは気にしない。

ダンパ係数c

式は二次遅れでしたが、体感一次遅れに近かったので、
無理やり一次遅れ系に当てはめて、バネ項を無視して考えてみます。

 \frac{\Theta(s)}{T(s)} \approx \frac{1}{Js^2 + cs} = \frac{1}{s(Js + c)} = \frac{1}{c} \left( \frac{1}{s} - \frac{1}{s + \frac{c}{J}} \right)

逆ラプラス変換すると

 \theta(t) \sim \left( 1 - e^{-\frac{c}{J} t} \right)

今回、手を放してから5秒くらいでしまったので、
以下の図から時定数は大体1秒として、

 c = 1 \times J = 1 \times 55 = 55\,\mathrm{Nm/(rad/s)}

一般的な二次遅れ系との比較

一般に二次遅れ系は以下の式で表すことが多いです。

 G(s) = \frac{\omega_n^2}{s^2 + 2\zeta\omega_n s + \omega_n^2}

今回推定した値を当てはめてみると

 \omega_n = \sqrt{\frac{k}{J}} = 0.33\,\mathrm{rad/s} \\  \zeta = \frac{c}{2\sqrt{Jk}} = 1.49\,\mathrm{ー}

減衰係数 ζ > 1 のため過減衰系(オーバーシュートなく収束)であることがわかります。
一次遅れっぽいと感じたドアの動きは、実は過減衰の動きで説明ができそうです!

モデルと現実を比べてみる

ここまでの分析で、「このドアは過減衰な二次遅れ系だ」と見立てることができました。
ですが、本当にこのモデルで現実を再現できているのでしょうか?

それを確かめるには、モデルから得られる時系列応答を描いてみて、実機の動作と重ねてみることが重要です。

例えば、

実際にドアの開閉を動画撮影し、画像解析で角度変化をデータ化する。
推定したパラメータで二次遅れ系の応答をシミュレーションする。
両者を比較して、モデルの妥当性やズレの原因を考察する。
といった具合です。

この作業を通じて、次のステップへ進めます:
「cは本当に粘性抵抗だけで説明できるのか?」
「静摩擦や非線形バネ要素があるのでは?」
「ヒンジの構造的な遊びは?」

ここまでくれば、ただの「物理っぽい話」から一歩進んで、実用的なモデル化に近づけます。
もはや仕事ですね。

締め:日常と数式がつながる瞬間

今回は、ドアの動きを見て「一次遅れっぽいな」と思ったところから、
実際にモデルを立て、数式に落とし込むという流れをまとめました。

モデル化誤差の考察まではなかなかできませんが、ざっくりな推定でも、体感と理論が結びついた瞬間はとても心地よいものです。

書いているうちに、自分の理解の浅さに気づいたり、
「こういうことだったのか!」と再発見があったりして、いい復習にもなりました。

もしあなたも、「なんでこう動くんだろう?」と感じたことがあれば、
ぜひ一度モデル化してみてください。
物理と感覚がつながる瞬間、とても楽しいですよ。

以上、スムーズに閉まるドアを考えてみた話でした。

ABOUT ME
しょか
現場の制御設計者として働いています。 技術を“腹落ち”させるための視点で、モノづくりのことをブログに書いています。 より詳しく知りたい方はこちら 👉このブログについて