前編では、F=ma が証明できない理由を追いかけました。
答えは、あれが力の「定義」だったから、でした。

ただ、定義だからといってこれだけの話では終わりません。
摩擦や空気抵抗のない理想世界の式は、現実のモノづくりでは拡張して使われています。

この記事では、F=ma が工学の世界で運動方程式にどう化けるか、そして電気回路とどうつながっているかを見ていきます。
前編を読んでいなくても内容は追えますが、証明か定義かの話が気になる方はこちらもどうぞ。
F=maは証明できるのか(前編)

モノづくりの現場は、何かとつながっている

工学やモノづくりの現場では、力が加わるものは大抵、何らかの形で別のシステムとつながっています。
単独で自由に動く物体、というのはむしろ珍しい存在です。

車が走るとき、力は複数の相手と綱引きしている

たとえば車を走らせる場面を考えてみます。
エンジンが生み出すトルクは、タイヤを介して車を前に進める力に変わります。
でも、その力がそのまま加速度になるわけではありません。空気抵抗が速度に応じて前進を邪魔しますし、タイヤと路面の摩擦も一定の抵抗として働きます。

つまり車の運動方程式には、駆動力だけでなく、空気抵抗や摩擦といった「邪魔者」の項も一緒に入ってくることになります。

高層ビルの揺れを抑える仕組みも、同じ構造をしている

高層ビルの多くには、地震や強風による揺れを抑えるための制振ダンパーが組み込まれています。
後ほど紹介するバネマスダンパ系において、建物そのものの質量が m、構造の硬さ(曲がりにくさ)が k、そしてダンパーの働きが cと置くことができます。

車のエンジンも、ビルの制振ダンパーも、力が加わるものは必ず何かとつながっているという点では同じです。
この「つながり」ごと扱えるようF=maは拡張できるのです。

関係を一つの数式にまとめる:モデル化

車の駆動力と空気抵抗とタイヤの摩擦、あるいはビルの質量と構造の硬さとダンパーの働き。
これらの関係は、F=ma を拡張する形で、一つの数式にまとめることができます。

そして、実際の製品開発の現場ではこうした数式の形で表すことを「モデル化」と呼びます。

モデル化ができると、設計を実際に物を作る前から、PCやノートの上で始められます。
作って、実験して、うまくいかなければ作り直す。この手戻りのサイクルを、モデル上のシミュレーションである程度肩代わりできるわけです。
結果として、時間やお金のロスを大きく減らせるので、現場ではかなり重宝されています。

個人的な話をすると、目の前で起きている現実の現象を、数式という共通言語に落とし込めるのは、単純にとても楽しい作業です。

基本形:バネマスダンパ系

ここで一度、教科書でよく紹介される基本の形を見ておきましょう。

md2xdt2+cdxdt+kx=Fm\frac{d^2x}{dt^2} + c\frac{dx}{dt} + kx = F

これは一般に「バネマスダンパ系」と呼ばれる形で、バネが k、マス(質量)が m、ダンパーが c の項にあたります。

ちなみに「マス」は、質量を意味する英語の mass のことです。m という記号も、たぶんこの mass の頭文字から来てます。

ダンパーというのは、車のサスペンションや、流体による粘性抵抗のようなものを指します。
バネは、ぐるぐる巻きのコイルばねだったり、あるいは物そのものの剛性(曲がりにくさ)だったりします。
よく以下のような図で模式的に表されますね。

質量mとバネkとダンパcを並べたバネマスダンパ系のモデル図

ここで大事なのは、この式が慣性・粘性・弾性という3つの要素からなる「線形時不変」なシステムを表している、という点です。
mck のそれぞれが一つの決まった値で、時間が経っても変わらない。それが線形時不変ということです。

この性質のおかげで、応用の幅は驚くほど広がります。
たとえば制御工学では、この式をラプラス変換して伝達関数にし、フィードバック制御の設計に使います。
共振点(固有振動数)をあらかじめ見積もっておけば、設計段階で危険な振動を避けることもできますし、この後の章で見る電気回路のフィルタ設計にも、同じ考え方がそのまま応用できます。
このあたりは話がどんどん広がってしまうので、この記事では詳しくは割愛しますが、教科書でまず最初にこの形が紹介されるのは、こうした応用のしやすさゆえです。

現実はもっと複雑:基本形からのズレ

ただ実際には、この基本形だけでは表せないものの方が、私たちの生きている世界では多いです。

バネの非線形性

たとえば単純なバネでも、伸び縮みの量によって k の値が一定にならず、縮み切ったり伸び切ったりする付近では、ぐにょっとした特性を持ちます。

空気抵抗は速度の2乗に比例する

車の空気抵抗も、速度が大きくなると、速度の2乗に比例するようになることが知られています。
速度が2倍になれば、抵抗はおよそ4倍。高速になるほど、単純な比例の式では追いつかなくなっていきます。

摩擦は位置にも速度にも比例しない

また、机や地面に生じる摩擦は、位置 x にも速度 dx/dt にも比例しません。
おおむね一定の大きさで、運動と逆向きに働きます。この大きさは、垂直抗力 N と摩擦係数 μ の積でほぼ決まります。
そのため、摩擦のあるシステムでは、次のような形で式に項を追加する必要が出てきます。

md2xdt2+cdxdt+kx+μN=Fm\frac{d^2x}{dt^2} + c\frac{dx}{dt} + kx + \mu N = F

この μN は、運動の向きによって符号が変わる点には注意が必要ですが、まずは基本形にもう1項加わる、というイメージだけ持っておいてください。

大事なのは、先ほどの基本形はあくまで「型」であって、現実を精度よく表しているわけではない、ということです。
厳密には線形時不変とは言えないケースがほとんどです。

だからといって、使えないわけではありません。ある程度のズレを許容すれば、そこそこの精度で運動方程式を立てることができ、制御設計にも十分応用できます。

そしてもう一つ。机の上で設計した ck の値を実現したいと思ったら、その情報をそのままメカの図面に反映することもできます。
数式の上での設計が、そのまま現物の仕様につながっていくわけです。

大事なのは、これが基本の型であり、現実と完全に一致するわけではないと意識しながら、どこまで未来の予測としてこの式を活用できるかを考えて使うことだと思います。

ちなみに、電気の世界でも同じように運動方程式のような式(電圧方程式)を立てることができます。
しかも直動運動よりも高い精度で、式通りの動きをすることが多いです。

電気回路にも、そのまま対応している

先ほどの運動方程式、実は電気回路とまったく同じ形をしています。

Ld2qdt2+Rdqdt+1Cq=VL\frac{d^2q}{dt^2} + R\frac{dq}{dt} + \frac{1}{C}q = V

ここで q は電荷、V は電圧です。記号が違うだけで、構造は先ほどの式とそっくりですね。

分類直動システム電気回路
状態量変位 x電荷 q
その変化率速度 v電流 i
駆動する量F電圧 V
慣性要素質量 mインダクタンス L
散逸要素粘性 c抵抗 R
蓄積要素バネ定数 k静電容量の逆数 1/C

片方で解いた答えが、記号を置き換えるだけでもう片方でも使える。
電気系と機械系のどちらかに苦手意識がある人ほど、この対応表は効くと思います。

まとめ:分野をまたぐ「ものさし」

この記事で伝えたかったことを整理します。

  • 現実の力は、必ず何か別のシステムとつながっている。単独で自由に動く物体は、むしろ珍しい。
  • その関係を一つの数式にまとめることを「モデル化」と呼び、実物を作る前から検証できるようにしてくれる。
  • 教科書のバネマスダンパ系は、慣性・粘性・弾性からなる線形時不変なシステムとして扱いやすいから、最初に紹介される。
  • ただし現実は非線形。バネの特性、空気抵抗、摩擦など、基本形からズレる要素はいくつもある。
  • それでもズレを理解した上で使えば、制御設計やメカ設計に直結する強力な道具になる。
  • この構造は電気回路(RLC回路)にも、記号を置き換えるだけでそのまま使える。

前編で見た「証明ではなく定義」という話と、この記事で見た「モデル化して現実に近づける」という話。
合わせて見えてくるのは、F=ma が暗記するための公式ではなく、世界を測り、先読みするための一本のものさしだった、ということだと思います。

電気回路や回転運動など、他分野とのアナロジーについて全体像を知りたい方は、こちらもどうぞ。
→ アナロジーとは何か:機械・電気・回転をつなぐ考え方

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しょか
組み込みシステムの制御設計者として働いています。 技術に関することや思いつきを書いていこうと思っています。